2項対立の向こう側へ

最近とても多い考え方

情報の質が問われる時代だと言われます。情報とはなにか、その質が悪くなればフェイクになりえます。それがどうなのかという真贋を自己に問うのは難しく、その分野以外の広い知識や経験が無いと、”専門家”であっても嘘を見抜けないケースはあります。

嘘と書きましたが、今回リンク先にあることを嘘だと言いたいのではなく、ネットの発達以降、本当か嘘かにこだわったり、そこだけで判断したり、2項対立図式で考えるケースが多くなったように思います。日本人にはそもそもそういうところが多分にありますので、更にエスカレートしたと感じます。「〇〇はやってもいいのか?」などもそうです。やっていいか悪いかではなく、どういう場合にやるか、どの程度やるか、その可否には複雑系な原因が含まれます。

コロナ禍で、”出かけていいのか?”や”感染者が増えること”も同じですね。そんな単純ではないでしょう。

今回見たのはこのツイート

https://twitter.com/hideyuki_takag/status/1462041460161736709?s=21

ご本人がどういうつもりでこれをポストしたかまで知りませんが、恐らくは面白がっているのではないかと思います。あるいはオランダ人は雑であるとか、豪快であるとか、そういった印象も与えたいのかも知れません。

私の意見

これに誰がどう反応するのか怪しいので私見を記します。

手で入る状態になる場合も、少なくなく、またそれでも機能するので問題もないと思っています。BB側の素材、あるいはフレームシェル側の素材、あるいはその状態や寸法公差等により、様々な事象が発生します。

私はメカニックとして、それらの複雑な相関状況をその都度観察し対応するので、ある方法による対応が絶対にダメで、そうでないものは良いのであるという2項対立図式で考えてはおりません。その都度の状況で取りうる手段の中から、適した方法で作業するというごく自然な選択をします。

海外と日本を比較する場合、日本の中でよく起こることはオーバークオリティ、そして疑似科学的非合理的選択です。前者はやらなくていいのにやる、後者はやっても無駄なのにやることで、いずれも非合理的です。そういった文化概念も関連するので、ある行為に対しての反応は様々かと思います。

長い時間をかける

私はこのブログにしても、店頭でも、またYoutubeでも、長い時間を必要とすることをしてきました。短期間に何かわかった気になりたい方は、私が出す情報の一部だけを切り取っては「こんなことはおかしい」「間違っている」と言うことでしょう。しかし、私はそれを気にはしますが、取り上げることはなく、そのようなケースに対応することもありません。

今の時代、何でもインスタントになっており、インスタントでないものは避けられるわけですが、インスタントに相手の感情を揺すぶることが目的化してしまっているのに気をつけないといけません。それらに抗うことが必要です。その方法はインスタントでない情報を出すことであって、わざわざ長い時間をかけて説明したり、会話したり、コミュニケーションすることです。ときに対立したり、勘違いをすることもあるでしょう。しかし、その上でさらなるコミュニケーションを続けることこそ、相手の主張を理解する度合いを広げ、段々とわかり合うことの本質だと思います。

それは”わかりにくい”のではなく、コミュニケーションとはそもそもそういうものであって、それを避けることを続けると相手はどんどん無知な思い込みをするばかりなのです。