自転車に乗る際の振る舞い

こんなときにどうすればいいの?

自分をビギナーであると自認する方は、その原因の一つとして、車道を走る際の振る舞いについて疑問を持たれているのではないかと思います。当ポストでは、それを具体的ケースにより解決することを目的にしていません。なぜなら、あまりにケースバイケースで、網目を細かくしてもまだ足りないからです。それでも永久に語り続ける意味はあると思います。ただ、ここでは抽象的に言うことで、読んだ皆さんの自己解決意識を高めようという狙いがあります。〇〇の場合は、〇〇にすればいいということではなく、自分で考えてみようというわけです。なぜなら、答えを言ってもそれは答えではないからですね。

自己主張が強い世の中なので

ここで言う自己主張とは、悪い意味ではなく、もちろん余計なアクションでもなく、広い意味でいろいろな人がいろいろなところで発言をするのでという意味です。つまり、自分が他人のアクションのネタにされる可能性があるということです。いわゆる、晒しや同等のケースですね。あるいは、その場でネタにされなくても、誰かの感情や精神の中に蓄積され、のちのちになり、それが爆発する際のトリガーを他の誰かが引くこともあるでしょう。

非常に簡単に言えばそういうことがあるので、その場でどう振る舞うべきかは、よく考えねばなりません。しかしながら、そんなことにビビっていても仕方ありませんから、自らの利益と公共性において考え、ぼくはぼくのプリンシプルに基づいた行動をしていきたいと考えています。

今回はツイッターから拾ってみました

ぼくはこのウェブサイトだけではなく、FacebookやTwitterなどもやっているわけですが、Twitterでは広告的なことだけではなく、世の中の幅広い事象について個人的に感じたことをぼやいています。こういうものには好き嫌いがあり、気に入らない人もいるでしょうけれど、これもまたぼくの一部ということですし、誰しも外面だけではないということです。

さて、今回は「すり抜け」についての投稿がありました。

マティーノ店主のつぶやき Мир миру!! on Twitter: “ぼくも基本的にこれだけど、路側帯や路肩が広い場合以外は位置をもう少し右で車線内する。前出る場合は、自分の身を守るなど一定の条件を満たす場合に限られ、車列が長くても前には出ない。こうすると、オートバイや他の自転車がイライラして前に出たがるので、そのスペースを確保し事故を予防する。 https://t.co/nIB0unH3jY / Twitter”

ぼくも基本的にこれだけど、路側帯や路肩が広い場合以外は位置をもう少し右で車線内する。前出る場合は、自分の身を守るなど一定の条件を満たす場合に限られ、車列が長くても前には出ない。こうすると、オートバイや他の自転車がイライラして前に出たがるので、そのスペースを確保し事故を予防する。 https://t.co/nIB0unH3jY

ぼくの場合

ぼくも基本的にこれですが、路側帯や路肩が広い場合以外は位置をもう少し右で車線内します。停止している車列の前まで出る場合は、自分の身を守る必要があるなど、一定の条件を満たす場合に限られ、車列が長くても前には出ません。こうすると、オートバイや他の自転車がイライラして前に出たがるので、そのスペースを確保し事故を予防します。

最近になり描かれた自転車用の青い矢印があっても、ぼくの行動は変わりません。普段より、停車する位置は車線内にしています。それは周囲のクルマに対して、自転車も車両として認識を強める目的のアピールで、車線をクリアに安易に明け渡すことはしないようにしています。なお、あの青矢印に法的な拘束力はありません。「自転車専用」とペイントされていても同じです。つまり、そこを走らないといけないということはありません。あくまでも「自転車が走るスペースが曖昧でしたから、ここを走ると良いのでは?」というゆるいレコメンドに過ぎないのです。ですから、そのラインの上を走ったほうが良いと思えば利用しますし、そう思わなければ利用しません。

もちろん、例外はあり、時と場合により自己防衛を趣旨として行動は随時異なります。過去にグループライドした際、先輩方の行動から功と罪を学びました。前車がすり抜けたからといって、それについていくかどうかを決めるのは、自分自身の判断だと思います。

その場の空気やきわめて親しい人間の間での感情を気にするだけではなく(付和随行的ではなく)、サイクリストとしてあるべき姿について、ぼくは考えて行動するように努力しています。

例えばこんなケース

下の写真のようなケース。これは幅の広い一方通行で、当店近辺に独特な構造ですから、他地域では当てはまらないかも知れませんが、一方通行はあるでしょう。停止線のところにクルマが停車している場合、その真横まで出て止まるケースが多いと思います。また、「それになんの問題が?」と思われるかも知れません。確かに、さほど問題はないと思います。ただ、前方に停止しているクルマをよりリスペクトするならば、後方に停車することも選択肢の一つとしています。ぼくは神経質で細かい男なので笑、クルマのナンバーを見ています。あるいは車種。これはまったくあてにならないという人もいますが、ぼくは何らかの傾向があるということを経験により知ってます。目的はぼくとこのクルマが事故を起こさないことであるし、周囲に対して事故を起こさないようにし、自分の身を守ること。その上で、自転車としての立場を過度に主張しないようにすることです。必要に応じたアピールはあっても、攻撃であると意識される行為は避けるべきだと考えています。

過去は過去、そして訂正の継続

ぼくの行動は以前からこうではなく、過去には”自由自在に”走っていたこともありますし、すり抜け行為も相当やりました。その時のことは大変良くなかったと反省していますし、周囲の交通状況を混乱させたり、あるいは恐怖を与えたりもしたと思います。誠に申し訳なかったと思っています。しかしながら、今それをする人や行為を責めるものではありません。すり抜けていく人が目の前にいても、彼らを私が訂正しようとは思いません。なぜなら、それはそれで傲慢だと思うからです。

誰しも自由な行動をする権利がありますし、自らの行動に責任を負うものですし、結果として犯した過ちについては、あくまで他人の行動を見て気づき、反省や謝罪をするなどし、その訂正可能性を認めたいと思っています。

ぼくの走り方や振る舞いが絶対善であるとも考えてはいません。むしろ、自分は正しい振る舞いをしており、他の誰かは正しくないと考えるほうが危険です。ルールはありますが、それぞれ人々には自分の中の正義が存在します。そこに照らし合わせれば、ぼくの振る舞いも加害を引き起こしている可能性があります。しかし、これはどんなに頭を捻って考えても、わからないものです。ゆえ、ぼくはぼくの走りを常に訂正し続けることこそ大事で、それが良い道路環境を作る方法だと思っています。

ですから、ぼくは今こうして走っているわけですが、そうでない人を晒し上げることはありませんし、責めることもしません。ただ、各々のサイクリストが社会的な公共性を考える場合、自らの走り方を訂正する参考にしていただければ、幸いに思います。