変わる車好き、自転車好きも変わる

私は小学生の時、オートバイ好きの父から影響を受け、オートバイやそのレースに興味を持ちました。オートバイは一部を除いてマニュアルトランスミッション(MT)ですから、変速することにも興味を持ちました。ゆえ、オートマチックトランスミッション(AT)はスポーツではない、そう思っていました。

モータースポーツはイコール変速することそのものだとも感じ、自転車に乗るときですら、口でエンジン音、手首はオートバイのスロットルをひねるアクションをしたものです。「自転車好きには車好きが多い」という言葉がメディアに多く出るのも、こういった例に近い事象があったからでしょう。

当然免許を取得しに行くときにはMTでした。AT限定というのも選択できたのですが、MTを選びました。だから、自転車に変速する機構があると知った時、とてもうれしく思いましたし、ぜひ使ってみたい、乗ってみたいと思いました。そして、変速するギアの段数が増えることも歓迎していましたし、どんどん増えていくことを楽しみにしていました。よりメカニカルなものに興味を持ち、複雑化していくシステムに対しては大きな懸念を抱きはしませんでした。

自転車のギア段数が増えるのは人間の力が強くないからです。限られたフィジカルで効率よくスピードを出すには、ギアの多段化は必要です。

クルマでも自転車でも、多段化したギアを扱えなければ便利に使えないというのでは、利用可能な人口が増えることはありません。ゆえ、クルマはATがほとんどになりました。その結果、AT車はスポーツカーではないという声が生まれ、MTへのこだわりはそれ以前よりも頑なになったように感じます。しかし、現実的には多くの人がATでスポーツ走行を楽しむことを知り、それに慣れ、受け入れました。

そして、こんな記事を見つけました。

自転車でも同じことは起き得るのではないかと思います。

”〇〇こそ自転車である”の〇〇に収まるワードはたくさんありそうです。ベテランの方ほどいくつも思いつくだろうと思います。今後、自転車も変わっていくことでしょう。すでに色々な変化が起きており、多様化しています。COVID-19によってそれらの変化にロケットが備わったかのようにして何段階もジャンプして進みました。

〇〇に当てはまる一つ一つのこだわりは決して否定されるものでも、悪いものでもありません。ただ、利用できる人が増えたり、新しい付加価値を生み出すきっかけになるのに、それらを受け入れない方向へ進んでしまう原因になるかも知れません。

この2年くらいの期間で、私の中の”自転車感”はまた一つ大きく変わりました。むしろ、原点に戻ったとも言えます。私にとって自転車は、自分の力で、自分の足で、自分の好きなように、知らない所へ行ったり、楽しく走ったりするものでした。自転車で自由が得られました。

しかし、自転車に付随するメカニカルな部分やフィジカルな部分によって、あるいはそれを”ぶん回す”ことこそ自転車であると誤解していきました。それも自転車の一部ですが、自転車が自転車たる本質の中で大事な部分は、気軽で手軽で多くの人が楽しめるものであるということでしょう。子供でも乗れますし、いつでも子供に戻れるものが自転車だと思います。

その意味で、Eバイクは私に自転車の楽しさを思い出させてくれました。今ではEバイクに夢中です。Eバイクは人力へのこだわりが気軽さも、手軽さも、楽しみ方も、走ることができる範囲をも狭めていることを教えてくれました。つまり、”Eバイクは自転車ではない”という声がある一方で、私は”Eバイクこそ自転車である”ことを知り、体感し、実感として得たのです。

どちらかがどちらかを否定するものではありません。いずれも楽しいものです。ただ、年齢や性別、あるいはそれぞれ乗り手の個性によって、どちらをより楽しめるかが変わるだけです。

どちらも選べる時代がもうやってきています。