フルームがジロで行った補給計画に対する考察

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サルブタモール問題の裏で
まるで結果がわかっていたかのような、ASOとSKYとの間の取引があったかのような、そんな騒動が開幕直前に起きたツール。その一環として、SKYが公開したフルームの補給計画が大変興味深いものでになっています。

もとの記事はこちらにありますので、ご興味のある方は詳しく読んでみて下さい
Chris Froome: Team Sky’s unprecedented release of data reveals how British rider won Giro d’Italia

これによると、SKYはフルームが後半の山岳ステージに至るまでの2週間に、体重を1〜2キロ落としたいという考えだったことがわかります。これはSKYが行っているトレーニングキャンプの拡張版で、毎日ハードなトレーニングをしながら摂取カロリーの収支をマイナスにします。しかし、このバランスを獲ることは難しいものです。

元プロライダーのコメント
「グランツールにおいて十分な食事をしていなければ容易に体重を減らすことが出来るが、サイモン・イェーツのように失敗してしまうこともある。そして、その失敗をするとその後リカバリーには相当な時間を要するので、リタイヤはもちろんのこと、その後のレースプランにまで影響をしてしまう。」
「体重を減らすことは難しくないけれど、回復を考えつつ、レース中の補給を管理することは難しい。ジロの最初の2週間でそれを実行し、バランスさせることは大変難しく、恐ろしいことだ。」
これまでグランツールを走ったことがある方のコメントからは「勝手に絞れていく」というようなコメントが聞けています。つまり、否が応でもということです。しかしそれをSKYは計画的に行っていたということですし、コントロールしていたということです…。トレーニングやキャンプで行うのは比較的容易ですが、レースでしかもグランツールでそれを行うとはものすごいことです。

第11ステージと第19ステージにおいてフルームとSKYが実行した補給計画
興味深いのは11ステージ終了後の夕食と19ステージ終了後の夕食とのコントラストですが、それ以外にもステージ終了後のリカバリー食の内容もはっきり違い、また19ステージの日の朝食にはかなりの量を食べています。

19ステージではレース終了後のリカバリー食で2348kcalも摂取しています。これは翌日の準備のために、4時間で約100gもの炭水化物を必要としたのと同程度の運動をしたことから筋グリコーゲンの貯蔵量を急速に回復させるためだとあります。しかしまぁ、すごいです。第19ステージでは体重あたり9gもの炭水化物を摂取したことになります。

レース前中後に摂取している炭水化物量をみても、フルームが持っている内臓の強さが大変強調されている数字でしょう。ただでも胃もたれしやすい日本人にはこんな食事は難しいと思います。

ポイントは、第11ステージではまだ体重を減らす方向で実行しているのに対して、第19ステージでそれはしておらず、むしろ体重を増やす食事をしていることです。

これは非常に緻密でロジックに基づいています。計算すればこうなるのですが、これを実現できるかどうかというと厳しいですね。もし、全てを用意したとしても選手が食べられなければ意味がありません。

各食事において体重あたりに摂取する炭水化物量も全て数値化され、完璧な理想的な状態が目指されています。これを見ると、SKYとフルームが勝つのは当然の結果だろうとも思います。まったくもって、機材のせいなどではないわけです。

これらはSKYが他チームと比較して知識、スタッフなどのリソースの深さと量が違うことを顕著に表しています。「他チームではこのようなことまで行われていないだろう」と元プロライダーからのコメントにもありますし、私の個人的な経験と知識からも、プロチームでここまで計画していることは稀で、現場対応だったり即応性のみでカバーしているケースがほとんどでしょう。いわゆる”てんやわんや”な状態です。以前からこの点は疑問だったわけですが、SKYのようにストラテジーを大事にするチームが現れれば、他チームでもコピーをする可能性はありますが、恐らくリソース不足で実現は難しいのではないかと思います。

第19ステージ概要
これはステージ開始前に作成されたものです。前日の晩にチームスタッフとフルームとの会話において、「明日はアタックし、出来るだけGCでの差を詰める」とあったわけですから、それを実現しえるプランを作ったということです。ステージをセクションに分割し、各セクションごとのペースとその際に消費される炭水化物量を表にしてあります。
ものすごいペースですね。走行ペースとして逆転可能なスピードで走ったとして、その際に消費するエネルギーを補給していかないと、ステージの最中で回復が追いつかずに終わってしまうでしょう。一般的にハイペースで逃げが潰れる典型的なパターンですが、十分な知識がなければ単に”脚が終わった”としか思われないと思います。一般ライダーでも同様ですが、補給に失敗しているケースは少なくありません。

ここでのポイントはフィネストレ峠を登坂中に摂取していた「Rocket fuel」でしょう。SKYの栄養士によれば「これはBeta Fuelというもので、マルトデキストリンとフルクトースの混合物を含んでいます」とあります。ん?どこかできいたような?

そうです。モルテンドリンクミックスとほぼ同じ内容の製品だとわかります。

Beta FuelというのはSISの製品名で今年の12月に発売される新製品です。これは広告からも明確にモルテンドリンクミックス320に対抗して作られており、その有効性を証明した結果であるとも言えます。やはりモルテンは次世代の補給ドリンクでした。

そう、効果は絶大だったのです。

実際、ずっとBeta fuelのみにすればいいじゃないかとも思いますが、これには理由があるのだと思います。これは私にもまだテストを繰り返している為に推測です。ただ、固形(ジェル)と併用する効果については”Rocket”と称されているように、高負荷なシチュエーションに対して狙って使うことで、身体がものすごく動く状態となり、それを感じ取れるということではないかと思います。

[総括]
行っていることはエビデンスに基づいた当然のことを行っているのですが、ここまで徹底する場合は稀だと思います。従来からのチームは似たようなことをやっていても、数字に基づいて行っているのではなく、ある人の経験値に基づいた程度のことで、それを語る人もまた”確固たるものがない”のが一般的だと思います。「むかしからこうやってるから」とか「伝説のマッサーが作る〇〇」とか言ったようなことです。従来のサイクリングチームはそこが限界であり、戦略性が殆ど見られない世界なのはそのためでしょう。

これらのデータによって、フルームのフィジカル能力が優れているだけでなく、彼が自分の身体を感じ取ったり、それを伝えたりする能力やメンタル能力の優秀さが現れています。ただ速く走るだけの選手には出来ません。おそらく、スポーツサイエンスに精通していないチームが彼に対抗することは相当難しいでしょうし、これらを見てもそもそも理解しようとしないかも知れません。

日本のメディアでは検証されないのだと思いますが、今回のこのデータは大変に興味深く、やはり感覚ではなく数字も取り入れるべきだと確認したところです。

また、モルテンドリンクミックスの有効性に関して、私は100%の自信を持てました。